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シリョク2.0

前略、視力が2.0になりました!
一昨日に手術をし、本日、PC活用の許しをえましたのでご報告いたします。

快適です。裸眼です。
朝起きて、掛け時計が何時かがわかるのです!
部屋のちっちゃなホコリが発見できるのです!
お風呂で肌を血だらけにすることなくヒゲがそれるのです!

これから、一週間は、運動ができません。
お酒も飲めません。ふんだんから飲まんけど。(笑)

今回の手術での体験と新しい発見をお伝えします。

手術を終えて確かに裸眼で見える感動はあるものの自分が期待していた程の感動は正直ありませんでした。ところが、今回、一緒に手術を受けた嫁さんは、めちゃ感動してました。

なんで?こんなに違いがあるかって考えてみると、面白い発見がありました。

自分の視力って、眼鏡やコンタクトをすれば視力1.5は出ていた。
だから、生活にはそれ程支障なく生きていたということが分かった。

付け外しの手間とか、朝起きたときに時計を見れるくらいの便利さぐらいの変化がそこにある。でも、逆にいうとその手間は、もう20年もやっているので習慣化しているので本当にめんどくさいというレベルになってる“だけ”と思う。

つまり、お酒を飲んで帰って、酔いと眠さのあまり、「歯磨きがめんどくさい」、「そのまま寝たい」というのと同じ感じ。

生活には、全く支障はないのです。
面倒がらずにやれば済む話だし、朝起きて枕もとの時計を見れば時間もわかる。

そんな面倒を楽にしたい理由でレーシックをうける自分のレベルの低さを感じてそれ程の感動がなかったのだと思う。

でもな、ここからが本題。

視力の悪い人、特に乱視が強い人は、コンタクトしてても0.8とかしか見えてない人にとっては、自分の感動とは全く別のものなんだと。

生活している習慣の利便性とは違って生きている世界自体が大きく変化する。

嫁さんは、手術終わって外を見て、泣きそうって言って感動していました。
「瓦の一枚一枚がみえる!」って。(笑)

その言葉は、僕にとって衝撃でした。実は、少し笑えた。
笑ったらあかんって気付かなかった。

だって、僕からしたら当たり前のこと。
その時、感動の観点が全く違うことに気づけた。よかった。

それを聞いて、視力の悪い人(矯正しても視力の出ない人)ほど絶対、パフォーマンスがいいと思いました。

手術してみて一番の新しい発見はそれです。

だから、今回の手術は、自分の目が見えるようになって良かったというより、嫁さんが見えるようになって生活が本当の意味で便利になったことが良かったと思うねん。

そんなに大変やったんかぁって気づけたし。
自分が受けなかったら、たぶん、嫁さんは手術しなかったと思う。

手術費は、昔と比べて安くなったっていっても安くないしね。(汗)
もしかしたらっていうリスクもあるし。

自分ぐらいの視力やそれ以上に見えている人も含めて近眼の人は誰でも手術をしたらいいと思ってたけど、今は、安易に思わなくなった。

でも、視力の弱い人、乱視のきつい人は、やっるといいと思う。ただ、ちゃんと検査は受けてから。
感動のレベルが歴然と違うと思います。

でも、やって本当に良かった!
目の悪い人ほど、新しい世界を是非、体感してみてほしい。